「放雁旅」 白居易
2011年度 東京大学 入試問題より
九江十年冬大雪 九江十年冬大いに雪ふり
江水生氷樹枝折 江水氷を生じ樹枝は折る
百鳥無食東西飛 百鳥食無くして東西に飛び
中有旅雁声最飢 中に旅雁有りて声最も飢ゑたり
雪中啄草氷上宿 雪中に草を啄みて氷上に宿り
翅冷騰空飛動遅 翅は冷えて空に騰れども飛動すること遅し
江童持網捕将去 江童網を持して捕らへ将ち去り
手携入市生売之 手に携へて市に入り生きながらにして之を売る
我本北人今譴謫 我は本北人にして今は譴謫せらる
人鳥雖殊同是客 人と鳥と殊なると雖も同じく是れ客なり
見此客鳥傷客人 此の客烏を見るは客人を傷ましむ
贖汝放汝飛入雲 汝を贖ひ汝を放ちて飛ぴて雲に入らしむ
雁雁汝飛向何処 雁よ雁よ汝は飛びて何処にか向かふ
第一莫飛西北去 第一に飛びて西北に去ること莫かれ
淮西有賊討未平 淮西に賊有り討つも未だ平らかならず
百万甲兵久屯聚 百万の甲兵久しく屯聚す
官軍賊軍相守老 官軍と賊軍と相ひ守りて老れ
食尽兵窮将及汝 食尽き兵窮まりて将に汝に及ばんとす
健児飢餓射汝喫 健児は飢餓して汝を射て喫ひ
抜汝翅翎為箭羽 汝の翅翔を抜きて箭羽と為さん
江水生氷樹枝折 江水氷を生じ樹枝は折る
百鳥無食東西飛 百鳥食無くして東西に飛び
中有旅雁声最飢 中に旅雁有りて声最も飢ゑたり
雪中啄草氷上宿 雪中に草を啄みて氷上に宿り
翅冷騰空飛動遅 翅は冷えて空に騰れども飛動すること遅し
江童持網捕将去 江童網を持して捕らへ将ち去り
手携入市生売之 手に携へて市に入り生きながらにして之を売る
我本北人今譴謫 我は本北人にして今は譴謫せらる
人鳥雖殊同是客 人と鳥と殊なると雖も同じく是れ客なり
見此客鳥傷客人 此の客烏を見るは客人を傷ましむ
贖汝放汝飛入雲 汝を贖ひ汝を放ちて飛ぴて雲に入らしむ
雁雁汝飛向何処 雁よ雁よ汝は飛びて何処にか向かふ
第一莫飛西北去 第一に飛びて西北に去ること莫かれ
淮西有賊討未平 淮西に賊有り討つも未だ平らかならず
百万甲兵久屯聚 百万の甲兵久しく屯聚す
官軍賊軍相守老 官軍と賊軍と相ひ守りて老れ
食尽兵窮将及汝 食尽き兵窮まりて将に汝に及ばんとす
健児飢餓射汝喫 健児は飢餓して汝を射て喫ひ
抜汝翅翎為箭羽 汝の翅翔を抜きて箭羽と為さん
九江ではこの元和十年の冬大雪が降って
長江の川面には水が張り木々の枝が折れたりした
鳥たちはえさもなくなってあちこち飛びまわり
その中に渡り鳥の雁がいてひどく飢えた鳴き声で飛んでいた
雪の中に草を見つけてついばみ、川面の氷の上に宿り
羽はすっかり冷えききって空に飛びあがってもよろよろと飛んでいる
川べりの村の子どもが網でその雁を捕まえて持ち去り
手にさげて町の市場に行って生きたままそれを売っていた
私はもともと北の土地の生まれで今は左遷されて南の土地にいる
人と鳥との違いはあっでも北から南に流れてきたよそ者という点では同じだ
この売られている渡り鳥を見ると旅人の私の心は傷む
私は子どもからその雁を買い求め空高くに放してやった
雁よ雁よおまえはどこへ飛んでいくのか
決して西北のほうに行っではいけないぞ
淮西には国家に反逆する賊軍がいて討伐の軍が出ではいるが
未だ平定されていない
百万もの兵士が長らく集まっている
官軍と賊軍とが攻防をくりかえして互いに疲れ
食料も尽き武器も底をついておまえにまで災難がふりかかるやもしれない
兵士たちは飢えきっていておまえを射落して肉を食らい
おまえの羽を抜いて弓矢の矢羽にしようとするだろう
長江の川面には水が張り木々の枝が折れたりした
鳥たちはえさもなくなってあちこち飛びまわり
その中に渡り鳥の雁がいてひどく飢えた鳴き声で飛んでいた
雪の中に草を見つけてついばみ、川面の氷の上に宿り
羽はすっかり冷えききって空に飛びあがってもよろよろと飛んでいる
川べりの村の子どもが網でその雁を捕まえて持ち去り
手にさげて町の市場に行って生きたままそれを売っていた
私はもともと北の土地の生まれで今は左遷されて南の土地にいる
人と鳥との違いはあっでも北から南に流れてきたよそ者という点では同じだ
この売られている渡り鳥を見ると旅人の私の心は傷む
私は子どもからその雁を買い求め空高くに放してやった
雁よ雁よおまえはどこへ飛んでいくのか
決して西北のほうに行っではいけないぞ
淮西には国家に反逆する賊軍がいて討伐の軍が出ではいるが
未だ平定されていない
百万もの兵士が長らく集まっている
官軍と賊軍とが攻防をくりかえして互いに疲れ
食料も尽き武器も底をついておまえにまで災難がふりかかるやもしれない
兵士たちは飢えきっていておまえを射落して肉を食らい
おまえの羽を抜いて弓矢の矢羽にしようとするだろう
雁は雁だ。
それは本能的に異国の地に飛んできただけのことであり、
そしてたまたま捕獲されてしまっただけのことである。
左遷されてこの辺境の地にやって来た自分と比べるまでもない。
まして、その雁を買って放したところでどうなるものでもない。
わかっている。
それでも、その雁の悲しい境遇と自分のおかれた環境の
類似性を思わずにはいられない。
その雁を救済することで、遠い未来における自分の救済をも、
微かに期待せざるを得ない。
そんな白居易の心が窺える。
それは本能的に異国の地に飛んできただけのことであり、
そしてたまたま捕獲されてしまっただけのことである。
左遷されてこの辺境の地にやって来た自分と比べるまでもない。
まして、その雁を買って放したところでどうなるものでもない。
わかっている。
それでも、その雁の悲しい境遇と自分のおかれた環境の
類似性を思わずにはいられない。
その雁を救済することで、遠い未来における自分の救済をも、
微かに期待せざるを得ない。
そんな白居易の心が窺える。
人間はどこかで必ず旅人として「異国」を感じる場面に遭遇する。
(物理的にも比喩的にも・・・)
この売られている渡り鳥を見ると旅人の私の心は傷む
私は子どもからその雁を買い求め空高くに放してやった
雁よ雁よおまえはどこへ飛んでいくのか・・・
切なく、やるせない、寂しい詩。
でも、微かな一筋の光だけは見える・・・