なるほど現代文

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  • 2013.08.21

第13講 千葉大学入試問題(2009年)完全解説

 第11講の講義 を読んだら、さて、千葉大学の入試問題に挑戦してみましょう!  問題文は以下のリンクからどうぞ! (リンク先が見られない場合はご連絡ください!)  千葉大学入試問題(2009年度第1問)  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  どうでしたか? 内容そのものは意外に理解できたのではないでしょうか?  では、設問の解説に行きます。 (一) 【解答 […]

  • 2013.08.18

第12講 「感覚」「知覚」「認識」

 「感覚」「知覚」「認識」・・・どこが違うのでしょうか?  大ざっぱに説明するならば、外界からの物理的刺激を感覚器官で受け取ったもの、それ自体は「感覚」です。その感覚を元にした意識的体験が「知覚」となります。そして、その知覚を言葉(記号)によって判断し、共通理解を行うことが「認識」なのです。  例えば音を例にとってみましょう。ご存知のように音というのはただの空気振動です。この空気振動が私たちの耳に […]

  • 2013.08.16

名作案内第9回 「桃夭」

    「桃夭」   桃之夭夭 桃の夭夭(えうえう)たる 灼灼其華 灼灼(しゃくしゃく)たる其の華 之子于歸 之(こ)の子 于(ゆ)き帰(とつ)がば 宜其室家 其の室家に宜しからん 桃之夭夭 桃の夭夭たる 有蕡其實 蕡(ふん)たる其の実有り 之子于歸 之の子 于き帰がば 宜其家室 其の家室に宜しからん 桃之夭夭 桃の夭夭たる 其葉蓁蓁 其の葉 蓁蓁(しんしん)たり 之子于歸 之の子 于き帰がば 宜 […]

  • 2013.08.15

名作案内第8回 白居易「放雁旅」 ~2011年度東京大学入試問題より~

「放雁旅」  白居易   2011年度 東京大学 入試問題より 九江十年冬大雪  九江十年冬大いに雪ふり 江水生氷樹枝折  江水氷を生じ樹枝は折る 百鳥無食東西飛  百鳥食無くして東西に飛び 中有旅雁声最飢  中に旅雁有りて声最も飢ゑたり 雪中啄草氷上宿  雪中に草を啄みて氷上に宿り 翅冷騰空飛動遅  翅は冷えて空に騰れども飛動すること遅し 江童持網捕将去  江童網を持して捕らへ将ち去り 手携入市 […]

  • 2013.08.15

名作案内第7回 芥川と「ぼんやりとした不安」について 

 芥川龍之介といえば誰もが知っている作家である。そしてまた、彼が「ぼんやりした不安」により自殺したことも、多くの人が知っているであろう。  ただ、この「ぼんやりした不安」と言う言葉は、家族に残した遺書ではなく「或旧友へ送る手記」(久米正雄に宛てたと手紙とされる)に書かれている言葉なのである。      『或旧友へ送る手記』 誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊 […]

  • 2013.08.12

第11講 センター試験問題(2008年度 第1問)

 実は「西洋近代自然観と東洋伝統的自然観との相違」というテーマは、2007年と2008年の2年連続にわたって、センターに出題されました。  2008年度は、「奥行き」と概念を「空間」と「時間」に盛り込み、論じています。  ここまでのに学習してきたことを踏まえたえうで、読んでみて下さい!  センター試験問題 (2007年度 第1問) PDF版  PDFでうまく開かない場合は、コチラでどうぞ!  解答 […]

  • 2013.08.10

名作案内第6回 太宰治の文体について 

 一般的に「太宰治」の文体というと、「読点が多く、延々と文が続く」というイメージがあるようだ。 確かに、彼の代表作である「斜陽」「人間失格」を調べて見ると、句点が少なく読点が多いという、太宰のよく言われる一般的文体イメージが見られる。  『人間失格』 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大 […]

  • 2013.08.09

第10講 センター試験問題(2007年度 第1問)

 「西洋近代自然観と東洋伝統的自然観との相違、およびその自然観から生ずる文化の相違」に関する問題が2007年度のセンター試験に出題されています。  今まで学習してきた第7講から第9講までをキチンと読んでいれば、内容的にはほぼ問題ないでしょう!  今回は、解説はありませんが、ぜひ、解いてみて下さい!  センター試験問題 (2007年度 第1問) PDF版  PDFでうまく開かない場合は、コチラでどう […]

  • 2013.08.07

名作案内第5回 太宰治「きりぎりす」 

太宰治の女性一人称の短編はすごいと思います。 その視点、その心理描写、そしてその文体。 「女生徒」もその文体に単純にスゴイ!と感じてしまいますが、やはり「きりぎりす」がいいですね。 「幸せとは何だろう」という読み方もいいと思いますが、もうすこし「女性らしい執念」(このような書き方はジェンダー的で好ましくありませんが、世間的な意味合いで・・・)という読み方もできますし、また太宰自身への自虐的な戒めと […]

  • 2013.08.06

第9講 自然観による文化の相違

 このような西洋近代的自然観と日本伝統的自然観を別の「時間」という視点で見ることもできます。  西洋近代的自然観では人間は自然と対峙し、自然を征服したうえで、自然を支配・管理してきました。すなわち、西洋では「自然を征服した瞬間」が「完成形」であり、その「完成形」を「支配・管理」することにより「保持・維持」していく必要があるのです。  西洋庭園で言えば、庭園が作成された段階が「完成」であり、その後は […]

  • 2013.08.05

名作案内第5回 鈴木三重吉「岡の家」 

 幸せってなんだろう? ヨソを見ると、ヨソが羨ましくなる。 そして自分を見ると、自分が悲しく見える。 でも、ヨソからみれば、自分は本当は幸福なのかもしれない・・・ いい作品です。  岡の上に百姓ひゃくしょうのお家うちがありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父とうさんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をした […]

  • 2013.08.04

第8講 東洋伝統的自然観と西洋近代的自然観

 では、これに対して東洋、特に日本の自然観はどのようなものだったのでしょうか。 日本における自然観は、基本的は人間を自然と対峙させず、人間も自然の一部としてとらえる思想です。自然がそのまま真理であり、人間が自然の懐に抱かれ、その中で憩うことに人間の望みうる最高の喜びがあるする考え方なのです。 また日本語の中では「彼は自然と彼女を遠ざけるようになっていった」というように、「無作為=人為的ではない」と […]

  • 2013.08.02

名作案内第4回 夏目漱石「文鳥(3)」 

 後半ですが、好き嫌いがわかれるかもしれません。 漱石の行動を冷たいと読むのか、漱石の悲しみの裏返しと読むのか・・・ 学校の授業ではありませんから、各自が思うように読んで下さい。  或日の事、書斎で例のごとくペンの音を立てて侘わびしい事を書き連つらねていると、ふと妙な音が耳に這入はいった。縁側でさらさら、さらさら云う。女が長い衣きぬの裾すそを捌さばいているようにも受取られるが、ただの女のそれとして […]

  • 2013.07.30

名作案内第3回 夏目漱石「文鳥(2)」 

 中盤は文鳥の描写が秀逸です。  漱石の観察力から文鳥への愛情が強く感じられますね。  その頃は日課として小説を書いている時分であった。飯と飯の間はたいてい机に向って筆を握っていた。静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。伽藍がらんのような書斎へは誰も這入はいって来ない習慣であった。筆の音に淋さびしさと云う意味を感じた朝も昼も晩もあった。しかし時々はこの筆の音がぴたりとやむ、またやめ […]

  • 2013.07.30

名作案内第2回 夏目漱石「文鳥(1)」 

 前半は三重吉との会話が諧謔味あふれる表現で書かれていて面白いですね。  十月早稲田わせだに移る。伽藍がらんのような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖ほおづえで支えていると、三重吉みえきちが来て、鳥を御飼かいなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ぶんちょうですと云う返事であった。 文鳥は三重吉の小説に出て来るくらいだから奇麗きれいな鳥に違なかろうと思 […]

  • 2013.07.30

名作案内第1回 夏目漱石「吾輩は猫である」 

 常々思うところだが、夏目漱石の作品の書き出しは実に絶妙である。 漱石でもっとも有名な作品の書き出しは「吾輩は猫である」だろう。   吾輩 わがはいは猫である。名前はまだ無い。 どこで生れたかとんと見当けんとうがつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪どうあくな種族であ […]

  • 2013.07.29

第7講 西洋自然観の変遷

 西洋の歴史を思想的な面でかなりおおまかに分けると、「古代ギリシャ時代」「中世キリスト教的時代」「近代合理主義時代」そして「現代」となります。今回のテーマでは、この流れの中で、「自然」に対する考えがどのように変化してきたのか、あるいは、西洋と東洋で「自然」に対する考えがどのように異なるのか、さらにそこからどのような文化的な相違が生じるのかを見ていきましょう。  まず西洋における古代ギリシャ時代にお […]

  • 2013.07.23

第6講 早稲田大学入試問題(2012年教育学部)

 第5講で扱った東京大学の入試問題の本文「河野哲也『意識は実在しない』」は、まったく同じ個所が早稲田大学教育学部でも出題されています。    今回は、解説はありませんが、ぜひ、解いてみて下さい!  早稲田大学入試問題(2012年度教育学部第1問)  解答例

  • 2013.07.21

第5講 東京大学入試問題(2012年)完全解説

 さて、第1講から第4講までの近代における物心二元論と機械論的自然観の流れが理解できれば、この2012年度の東京大学の入試問題の内容は簡単に理解できるでしょう。  このように、現代文の問題というのは一見すると難しく「何を言っているんのかさっぱりわからない」という受験生が数多くいるのですが、実は入試問題に頻出のテーマというのがあり、そのテーマの背景となる知識をしっかりと理解しておけば、本文内容の理解 […]

  • 2013.07.19

第4講 機械論的自然観 人間中心主義

 では、デカルトの「物心二元論」の場合はというと、もちろん、「心」が「中心」で、「物」が「周縁」になります。そしてさらにそこから、「機械論的自然観」や「人間中心主義」という考えが生み出されるようにあるのです。  まず「機械論的自然観」ですが、前にも述べように、中世までは自然の中にある種の目的や意志が宿っていると考えられていましたが、それが近代になると自然は定められた法則どおりに動くだけの、いわば巨 […]