新潟市内でロード仲間と走ってきました!
05時30分 長野出発
08時30分 新潟市到着
10時00分 自転車で出発
17時30分 自転車で帰着
21時30分 新潟出発
24時00分 長野到着
自転車で113km、自動車で430km走りました。




新潟市内でロード仲間と走ってきました!
05時30分 長野出発
08時30分 新潟市到着
10時00分 自転車で出発
17時30分 自転車で帰着
21時30分 新潟出発
24時00分 長野到着
自転車で113km、自動車で430km走りました。




サメは・・・
泳ぐのが・・・・・・
・・・・ジョーズだ
ププ
今朝、シリウスの鳴き声で目が覚めた
どうやら物置小屋に向かって吠えている
見に行ったら、驚いた

マジっすか!?
で、急遽ホームセンターに行って
スズメバチ退治用のスプレー缶を3本買って来た
にしても、退治用のスプレーって結構高い
1本1500円もする
ま、1500円でシリウスを守れるのなら安いものだ
網戸を盾に悪戦苦闘
周りを飛び回っているときのブーンという音で
さらに緊張感が増す
戦闘開始から2時間後
なんとか駆除完了で無事に生還
最低でも1匹くらいに刺されるかと思っていたが
なんとか大丈夫だった
でも一応不安なので
ペットボトルで出来るスズメバチ駆除のワナをしかけておきました

3人で40km走ってきました!
高子先生! 初めての参加で40km走破はすばらしい!
お疲れさまでした!
行きはルンルン高子先生

最近、痩せてきたと評判の小林先生

途中でひとやすみ~

帰りはゼェゼェ高子先生

今日は余裕の走りの小林先生

40km走って充実した顔の高子先生

今度は、中沢先生と一緒に行きますよぉ!
花の穴は2つあるので、
花が詰まっていないときは
普通に両方を使って呼吸をしていると思っていませんでしたか?
実は花は交互に呼吸しているといい、
だいたい2時間半おきに片方ずつしか使っていないそうです。
花の奥にある鼻甲介(びこうかい)と呼ばれるところが片方ずつ膨張することによって
交互に呼吸しているのですが、
これは自律神経によってコントロールされているとのことです。
そのサイクルはだいたい2時間半おきで、
特に片側の花詰まりは横向けに寝ているときに顕著で、
このことが寝ている時に寝返りを打たせる理由のひとつであると報告されています。
両方の花が詰まっていないときでも、
片方ずつ交代で呼吸していたというのは意外に思う人が多いようで、
「今日はじめて知った」と海外サイト掲示板でも人気となっていました。
以上、お鼻のおはなしでした。(ダジャレでなく)
今やテレビなどで活躍中?の手相芸人
島田秀平くん
子供の頃、地域の活動で一緒にチームを組んで
わらじを作ったりゲームをしたりしたのだが・・・
正直、嫌な奴だった
喧嘩っ早くて
すぐにいちゃもんを付けてきて
一緒に遊んでいても、
自分中心でなきゃダメっていうくらい自己中心的だった
大人になってちょっとは変わったのだろうか?
子どもの頃は嘘ばかり付いていたのだが
今でも手相判断で嘘を付いていないだろうか
と、最近テレビで彼を見てそう思った
にしても、子どもの頃に遊んだ人物が芸能人っていうのは不思議な感じだ
今朝、シリウスに起こされた
2階で寝ていたら、わざわざ階段を登ってきて
顔をペロペロと
おまけに朝から遊べとワンワン吠える吠える
しばしの間、待ってくだせぇ
拙者、ちょっと寝不足でござる

うちの近所に小さな山がある
人はその山を
と呼ぶ

その昔、屋代城があった
最近、自分がその城を築城した屋代氏の末裔だと知った
屋代城は、15世紀後半代の応仁・文明のころ、
この地の豪族の屋代氏が村上氏と手を組み、
上田盆地の海野・井上氏とするために築城されたと考えられています。
屋代氏は村上一族で重臣の一人でしたが、
上田が、武田氏の手に落ちると、武田氏と和睦して、武田配下となります。
これが、村上氏の葛尾城の落城を早めたといわれます。
村上氏が上杉を頼って、越後に去った後、村上氏の上山田の荒砥城に移り、
ここは廃城となります。
武田氏滅亡後、屋代氏は織田の森長可に、
上杉景勝の勢力下では海津城の村上景国の副将、
さらに、徳川氏が佐久・小県に侵攻すると、徳川方に寝返ります。
しかし、真田昌幸がこの地を治めると、屋代氏は、徳川についてこの地を離れます。
一貫性の無い武将だったようですが、屋代氏は戦国の混乱の世に、
村上氏・武田氏・上杉氏・徳川氏と
次々に主人を替えて生き延びるすべを知っていた戦国武将ともいえます。
明治維新を迎えるまで、屋代氏は生き延びています。
この歴史的背景は本当
一重山があるのは本当
屋代城の跡があるのも本当
でも自分が屋代氏の末裔というのは嘘