
平安時代の数感覚の一例を示す典型的な話が
「今昔物語集」に出てくる。
この本は1120年頃に成立したものと推定されている説話集で、
全31巻、千篇を超える話がおさめられている大作である。
この物語の第24巻に、俊平入道の弟が算術を習う話が出てくる。
それ自体なかなか面白いので、
ストーリー追ってみる。
原文は今日では難解である。
俊平入道の弟は官にもつかずブラブラしていたが、
九州に行ったとき、算に巧みな唐人に逢い、算を学ぼうとした。
唐人ははじめは相手にしなかったが案外うまく算を置く(算木で計算する)のを見て、
日本は算が盛んでないから宋で勉強せよ。
つれていってやろう、と言われた。
そのセリフがふるっている。
「算の術には病人をなおす術もあり、
人を殺す術もある。宋に渡ったらそれを教えよう」
と言うのである。
それからいろいろあって結局宋には行かず、
唐人は怒って帰国する。
唐人に呪い殺されては大変と、
この男は兄を頼って仏門に入り、僧となった。
ある日のこと,
庚申待ち(庚申の日、夕方4時から翌朝4時頃まで寝ないで神を祭る行事)のとき、
数多くの女房たちが眠くてたまらないから
面白い話か芸をやってくれとこの男に言うが、
何もできないと断る。
強いて言われ算を置くことしかできない、と言うと、
ではそれをやれ、ということになった。
まじめくさって算木を並べる男を嘲り見ていた女たちは、
あまりのばかばかしさに本気で笑い出し、
止まらなくなった。
そこで男が一喝して算木を崩すと、
皆笑いやみ、このまま続いたら死にそうだった、と言い合う。
笑い疲れて死ぬこともある。
算には人を殺したり、生かしたりする術もあるという、
このように算の道は極めておそろしきことにてあるなりぞ、
人語りしとなむ語り伝えたるとや、
で、この文は終わっている。
平安時代のひとコマが、鮮やかに浮かび上がってきて面白い。
そしてリアルである。
それにしても背景には、
算は生と死をあらつれる具のひとつ、であるという思想があり、
生死自在の法といい、
やはり呪術の世界と切っても切れぬ関係にあった。
だから一般の人は身近な数勘定以外には算を敬遠し、
「おそろしきもの」
として近づかなかったわけである。