古文の時代においては、太陰暦だったので、日付と月の形は一致していたのである。 すなわち、 一日は「新月」といって月が見えない日。 三日は「三日月」(月が左斜め上を見ている月)がでる日。 十五日は「望月」といって満月が出る日。 ちなみに冬期講習中に、 「月は上る時は三日月で、上空で満月になり、だんだん欠けて行きながら沈む、正しいと思うか?」 と高校三年生に尋ねたら 「正しい・・・と思う」 と答えていた。 嘆かわしいことである。 たまには、のんびり夜空でも見上げてごらん!