さようなら
さようなら
ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない
(詩集『はだか』谷川俊太郎より)
こんな詩に出会いました。
前つんのめりの、焦るリズムが、読んでいて苦しい。
少年は、「どこへいくのかわからないけど」「いかなきゃなんない」。
さらに、「ひとりでいかなきゃなんない」。
少年の、何か内面の必然に強く促されている決意が、
自分でも訳が分からないまま熱に浮かされている衝動が、
はだかの魂から、もっとも傷つきやすい形で、
そして最も強く、根源的な輝きで、出ています。
こういうはだかの詩を読むと、運命に厳しく立ち向かうその姿勢に、深く感動します。
一見するとひらがなだけの、子供向けの詩かと思われるけれど、とんでもない。
純粋な目は、自己存在に深く関わってくるとても恐ろしいものだと思います。
大人は、「どこへいくのかわからない」のならば、行けないでしょう。
でも、少年は、「どこへいくのかわからないけど」、行ってしまえます。